今年で37回目となる全国保険医写真展、審査委員長を今年も務めた。写真家の丹野章さんが長く務め、その後の齋藤康一さんから引き継いで、もう10年余になろうか。年々作品の質が向上している。8月2日(日)14:00~写真展会場で、恒例の作品講評・解説をふくめた「写真塾」を開催します。自由参加・無料ですので、友人・知人をお誘いの上、ご参加ください。
会場地図・アクセス
展望社刊、定価3300円+税(A5判、304頁、貴重な写真多数)。僕も第7章の思い出の岡井耀毅に「小伝・岡井耀毅 写真と文学と酒を愛し、義を貫いた男」(7頁)を寄稿している。先日、出版記念会も開かれたが、前橋での展覧会の展示・飾り付けと重なり、残念ながら出席出来なかった。
こまつ平民食堂、今シーズン初のゴーヤチャンプルー。美味しくてペロリと食べてしまった。
7月9日、長年僕のヘアをしてくれている美雨さんの都合で、渋谷のヘアサロンへ行った。8月11日から神戸でマリナーズ・アイ展の「海の写真道場」が始まる、8月2日は全国保険医写真展の作品講評・解説があり、8日には東京都美術館での「海の写真道場」と続く。そして本格的な真夏の到来もある。髪をサッパリと短くしてほしかったのである。
後はすべてお任せしているので、色も、長さも、形についても何も言わない。
2回目の色が塗られてシャンプーも終わり、そろそろ仕上がりに近づいているのか・・・。
最後に整えて完成した。ゆったりとして2時間弱だった。
出来上がった髪をを後ろから美雨さんに撮ってもらった。
正面から。
不細工な顔ですみません。普段自分の顔をしみじみと見つめることがないので、今回鏡に2時間ほど真向っていたので、余りにもシミが顔に増えているのに驚いた。73歳を過ぎているので致し方ないとは思いつつも正直ショックだった。こうして歳を重ねる度に老け込んでいくのだ・・・。 親父は68歳の誕生日前に亡くなっているので、73歳になった親父の顔を見ていない。僕と同じようにシミだらけになっていたのだろうか。
☆暑中お見舞い申し上げます 合掌
またまた、猛烈な台風と猛暑と物価高ラッシュとともに、やってきましたお中元の季節。 全国のあたたかく心温まるみなさまのお気持ちをありがたく受け、慎ましやかに生きて参ります。心からありがとうございます。
☆東京・Kさま 北海道プレミアム 美の国 ☆埼玉・Aさま 土佐名物 削り節他 埼玉・Iさま 夏野菜たくさん ☆山形・Sさま 庄内メロン箱詰め ☆埼玉・Tさま 新じゃがいも大量
第37回 人と海のフォトコンテスト「マリナーズ・アイ展」が7月9日~14日、こうべまちづくり会館をスタートにいよいよ始まる。8月5日~11日、東京都美術館、9月3日~8日、福岡アジア美術館と巡回する。(写真:大賞 楠友広・ポスターデザイン:塩崎亨)
作品解説などもふくむ「海の写真道場」は、神戸:7月11日(土)14:00~(※12日(日) 11:00~も僕は会場にいます)東京:8月8日(土)14:00~、福岡:9月5日(土) 14:00~に行う。 参加は自由・無料ですので、友人知人をお誘いあわせの上ご参加ください。応募したみなさんなどと直接お会いし、じっくりと話せる機会です。お待ちしています~!♡☆
第37回展の入賞作品。(チラシの表紙写真は特選:小杉美千代)
DMハガキの裏。(写真:推薦 有田勉)
今回は、初めて上野の東京都美術館で開催する。第41回日本の海洋画展と同時開催となる。テーマは同じ「海」、絵画と写真との表現の違いを発見するのも面白い。東京都美術館での「海の写真道場」は8月8日(土)14:00~ 暑い盛りですが、上野の森に涼みにお越しください。写真については熱く語ります~!♡ 終了後、上野の森で暑気払いでもいかがでしょうか。ご参加ください~!!

6月29日、JCIIフォトサロンの櫻井さんと赤坂にあるフォトグラファーズ・ラボラトリーに打ち合わせに行った。9月1日から始まる個展のプリントについての話合いとネガ渡しだった。平林達也社長とプリンターの那須川さんが対応してくれた。
早くすんだのでその足で、新宿ニコンサロンで開催しているハナブサ・リュウさんの写真展を覗いた。本人はいなかったが、じっくりと見させてもらった。僕も今までの写人生の中で出会った人々を撮影した「出逢いの肖像」をまとめようと思っていたので気になったていたのである。写真はニコンサロンのあるビルからのJR新宿駅(下)、西武新宿駅方面。
7月2日、日本ネパール写真交流協会副会長をしているプリスピー・シェレスタ君(右端)が来日中なので5年ぶりに再会した。プリスピーはネパール風の旅行社の代表でもある。僕の隣は写真家・眞月美雨さん、琉球舞踊家の崎山陽子さん。ちなみに同協会の会長は僕です。
美雨さんも5年ぶりの再会だ。プリスピー君の子どもたち4人は、全員大学を出て日本で就職し、働いている。それで時々奥さんと来日しているのだ。2年前にも来たと言う。奥さんの千恵さんは日本人。僕は彼女が高校生の頃から知っている。
7月4日から6日まで富士山へ登るという。三女が富士山の八合目にある山小屋で3年間バイトしていた。その娘さんと奥さんとで3日間の予定での富士登山である。プリスピーも僕と出逢った頃は、学生の20歳前だったが、今や還暦を過ぎている。くれぐれも気をつけるよう伝えた。もちろん僕は全く自信がない。
プリスピーとは、ヒマラヤ・ネパールで久しぶりに僕の写真展をしたいこと、元気なうちに、具体的には来秋にネパール・ムスタンへ行きたい旨を伝え、その相談をした。僕が20年間歩いた山道が、現在、ポカラからローマンタンまで車で行けるようになったと言う。それも標高3600~3800mのムクチナートという聖地までは舗装された道路だ。いやはや想像できない変わりようである。さすがにローマンタンまでは未舗装の道だとは言うが、ムクチナートの下のカクベニ村から徒歩で片道7日間かかった道程を今や車やバイクで日帰りが出来るだという。もう僕が撮影した「ムスタン」幻のかなたへなくなってしまったのか。哀しいことではある・・・
6月19日、ふじみ野市文化センターにおいて「写真集団・上福岡」の6月例会が行われた。先日、川越市立美術館で行われた第43回「写真集団・上福岡」写真展に来た人がこの日、新入会員として参加することとなった。これで今年になって3人増えて、総勢15人となった。
会員が増えたこともあり、持ってくる作品も多くなった。写真を展示する場所が二カ所でも足りず、もう一回並べることになる。
例会が終わった後、有志で一杯やりながら懇親会をするのも創立以来の伝統で、いまも続いている。
もしかして例会より長く熱が入っているかも・・・。僕は疲れたので余りしゃべらない。
この日は2人が用事があると帰ったが、他はみな参加していた。
6月14日、新宿農協会館において、第37回保険医写真展の審査が行われた。写真展は7月28日~8月2日まで、東京のJCIIフォトサロンの地下1階で行われる。8月2日(日)14:00~写真家・小松健一(審査委員長)の作品解説と講評が行われる。参加は自由・無料ですので写真仲間やお友達をお誘いの上、ご参加ください。
審査が終わったあと、審査を担当した先生やスタッフと軽く「お疲れさま会」をした。
お店の前で。
左から3人は、愛知、宮城、神奈川から審査に参加した歯科、内科の先生たち。右の2人は保団連のスタッフ。全国保険医団体連合会主催の写真展、12万人いる会員にどう応募を呼びかけていくのか、話し合った。
5月27日、新宿にある東放学園映画専門の2年生たちの特別講義のため出かけた。年に1度だけだが、もうかれこれ30年近くこの授業を続けている。
僕の左が担当講師の音楽家の金大偉先生。彼は音楽の他に、映画監督もしており今、映像作家として注目をされている。CDや著書の発行もある。
6月24日、写真研究塾「風」の新年度の例会が開かれた。仕事や病気のため欠席者が相次ぎ、参加したのは並木すみ江同人だけだった。彼女は9月24日~30日まで新宿のアイデムフォトギャラリーシリウスで個展が決まっている。沖縄を題材にした「オキナワチャンプルー」でモノクロームの作品ある。この日は、米軍横田基地のある周辺の街を撮り続けている写真を沢山持ってきた。上の写真は、いつも珈琲など飲んでいる1Fの店の創立11周年記念のパーティをしていた。知り合いの舞踏家のASAKOさん(右)が居たのでパシャリ~!!
6月5日が搬入・飾り付け。6日が初日オープン。5人の作家がそろう。前列右から写真家の僕、陶芸家の高橋芳宣さん、5月24日に籍を入れたばかりの芳宣さんの奥さん。書家の住谷夢幻さん、画家の花兄さん、2段目中央が七宝焼き作家の斎藤かおほるさん。斎藤さんの右隣りは、今回、陶芸と七宝焼きの作品を特別出品している写真家の眞月美雨さん。
ギャラリー玄関の入口。
玄関に入ると直ぐに、小松作品の「遙かなる チリ 1989」が展示されている。全作品が37年前に制作したゼラチンシルバーのビンテージプリントだ。
本会場。陶芸の高橋芳宣さんの作品と僕の「遙かなる チリ 1989」の作品が展示されている。
写真の左側には、住谷夢幻さんの書画、右側に斉藤かほるさんの七宝焼き作品と花兄さんの水彩画が展示されている。
ホールの壁面には。七宝焼きの作品と絵付けをした陶器が展示されている。

地元「上毛新聞」の記者の取材を受ける。7日付に写真入りで掲載されていた。
高橋芳宣さんの指導の元、絵付けをした僕の作品が並ぶ。約半分は眞月美雨さんの作品。人気があり売れていた。

七宝焼きの眞月美雨作品のブローチ。
斎藤かほるさんの指導の下に僕が制作した七宝焼きのブローチ、ペンダント、イヤリング。美雨さんも7点制作した。初日にすでに3点が売れていた。
初日、午後2時から会場で僕のギャラリートークをした。
参加者は10数人だったが、あまり知らなかった南米・チリのことを興味深く聞いていた。
初日の午後5時半から、新前橋駅前の僕の常連のお店「久松」でささやかな”祝う会”をした。籍を入れたばかりの孝子さんのお披露目もあった。1年前に2人が出会った日にあたる5月24日に入籍した。芳宣さん、孝子さんおめでとう~!♡弟の勝三夫婦も駆けつけてくれた。左から2人目が勝三、その隣が嫁の美香。ありがとうね~!
出品作家の右から住谷夢幻さん、花兄さん、斉藤かほるさん。出席していた眞月美雨さんは仕事のために途中退席をした。お疲れさまでした。
2日目、オープン前の一時。語り合う住谷さん(右)と芳宣さん。

小学・中学の同級生の渡辺理敬さんが来てくれた。僕の左側。「写真集団・上福岡」会員の小池磁さんも。実は小池さんの奥さんは、理敬くんのお姉さんだった。小池さんは昨年秋、最後の8000m峰を撮り14座すべて撮り終えている。
昨年6月に出版した著書『遙かなる チリ 1989』(東京印書館刊)にサインをしている。購入者の希望である。
3日目の8日の午後、日本を代表する自然写真家・鈴木一雄さん(一列目左)が、わざわざ東京の自宅から車で来てくれた。鈴木一雄さんを囲んで出品者たちで記念写真。積もる話もあったので、帰りは最寄り駅まで乗せていってもらった。ありがとう~! 合掌
5月20日、ホテルマリナーズコート東京において10時から7時間にわたって、第37回マリナーズ・アイ展の審査がおこなわれた。今年の審査員は、僕と「フォトコン」編集長の藤森邦晃さん。
第1次審査、第二次審査、最終審査と厳正な審査が行われて、入賞18点、入選100余点が決まった。近く発表される。応募者数、応募作品数とも昨年を少し下回っているが、作品内容の質は向上していた。よって入賞作品は、ここ数年では内容の濃いものになったと思う。
審査員の藤森「フォトコン」編集長(中央)と僕。僕の隣は主催者の全日本海員福祉センターの福井常務とスタッフの人たち。
会場となったホテルマリナーズコート東京のレストランからの眺め。30周記念展のときも審査会場はここで、ランチを食べた。ゲスト審査員は、水中写真家の中村征夫さんだった。当時は東京オリンピックを前に眼下では工事が繰り広げられていた。左端の建物は、東京オリンピックの選手村だったもの。
審査が終わり、自宅のある最寄り駅まで戻り、良く行く居酒屋で軽く一杯呑んで帰宅した。この店では奄美諸島・喜界島の黒糖酒のボトルを入れている。
5月13日~14日にかけて三重県津市へ行った。久しぶりの三重だった。第76回みえ県展の写真部門の審査のためだ。今回初めての依頼だったが、どんな作品が集まるのか興味があったので引き受けた。審査は他に写真家・勝又公仁彦さん、評論家・鳥原学さんの3人での公開審査だった。
5月22日、「写真集団・上福岡」の5月例会が、ふじみ野市産業文化センターで行われた。
互選でそれぞれ各自の作品を選ぶ。
全員がそれぞれの作品に票を入れた後、僕が一人一人の作品について講評をしていく。
記念写真。 近年は持ち寄る作品数が多く、2回は並べ直さないといけなくなった。うれしい悲鳴だけども僕は正直、疲れる・・・。
3時間の合評が終わり、喉を潤しに駅前の居酒屋へまっしぐら。
みなよく食べ、よく呑み、良くしゃべる。例会の時にはおとなしいのに。
用事で1人が帰ったが、他は参加していた。100歳の会員は欠席しているが、89歳、86歳が3人、それに80歳とみんな若々しい。ちなみに僕は下から4番目に若くなった。以前は一番若かったのである。

少しづつ出来上がっていく。真ん中の4点は僕の絵付け。焼きあがるとどんな色が出てくるか楽しみではある。
90歳になる書家で詩人で画家でもある岡田さんは創作意欲が旺盛で、この日に絵付けした器は20点を超えた。自分の作品を見つめる。
真ん中の列の7点は僕の絵付け。裏側にも全作品に絵付けを施している。全部で15作品を制作した。ちなみに美雨さんは13作品だ。
ランチは地元の人気がるイタリアンのお店へ行った。地元で採れた食材を使っている。
記念写真を撮る。

以下の4作品は今回出品する「遙かなる チリ 1989」の中からの4作品。ゼラチンシルバープリントで全作品が1989年制作のビンテージプリントである。
4月30日(木)の午前11時前から午後1時半頃まで会場にいた。5月2日(土)は僕の写真道場でもある作品講評会が15:00からある。昼過ぎに会場に着いたが、すでに多くの人が入場していた。前日までの3日間で400人近くの人たちが見に来てくれていた。この日は150人だった。
写真家で写真研究塾「風」の事務局長の塩崎亨さんが来てくれた。2日前に岡山の倉敷を出発して車中二泊してそのままの足で川越まで来たという写真家の出口信一君。彼は2026年度から同人であった「風」を休会している。記念に写真を撮った。
15:00~講評会が始まる。竹川会長のあいさつから始まった。
全部で出品者は14人、僕を入れると15人だ。作品数は126点(僕は顧問としての特別出展として2点)。一人一人の作品に対して講評していった。入澤徹「折々の記憶」にたいして解説・評をしている。 (撮影:後藤一美)
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真剣に聴く、中には熱心にメモを取る人もいた。
一瀬邦子「帳の街ー川越」の作品について話している。
後藤一美「あの日の空の記憶」について評をする。
初めて40分を過ぎた頃。少しピッチをあげないと予定していた時間では終わらない。 最終的には1時間40分を越えたという。立ちっぱなしで話し続けた1時間40分。疲れた・・・。
「風」同人の橋都とみ子さんが信州の奥地から来てくれた(右)。一泊して早朝6時のバスで飯田まで戻ると言う。一緒にいるのは後藤会員。何故か2人で大笑いをしている。この後、僕も入った3人の写真を写真家・宅島さんがポラロイドカメラで撮影してくれた。
出品作品の最後に展示してある僕の作品についても説明をした。1989年制作のチリと1990年制作のヒマラヤの作品。どちらもビンテージプリントである。
ギャラリートークが終わり、最後まで残っていた人たちで記念写真を撮った。「風」同人の橋都さんが撮影した。
入場した人から求められて著書にサインをした。(撮影:阿部賢治)
会場を川越駅前にある「うどん屋」さんへ移してご苦労様・懇親会をした。出品者をはじめ、「風」同人の並木すみ江さん(右5人目)、橋都さん、同集団草創期の頃、3年間会員だった小田賢治さん(左3人目)が40年ぶりに参加してくれた。合計17人だった。
都会では感じることはできないが、この季節の雨は百穀を潤すといわれている。夜半からそんな雨が降り注ぐ23日の午後、渋谷のヘアサロンへ久しぶりに出かけた。その時の様子をドキュメント風にお伝えする。午後2時40分に席に座った。
藪状態に長く伸びた髭も今日でおさらばと思い、シャツターを切った。昨年暮れに入院する前から剃らなかったので約5カ月間の無精ひげ。
カットが終わったあと髪全体をブリーチメッシュをする。
丁寧におこなった。
洗髪をすると綺麗なゴールド色の髪になっていた。
その髪の上からトリートメントカラーを塗っていく。
まんべんなく丁寧に塗る。この方法は髪や頭皮を傷めないそうだ。色も時間と共に変化しながら落ちていく。今流行りつつあり、今年中には爆発的に人気がでるだろうと、ヘアデザイナーの美雨さんは確信をもって言う。言わばそのさきがけである。
洗髪をして鏡を見たらなんとピンク色と言おうか、牡丹色のような髪色に変わっていた。ちょぴりビックリした。
僕もまもなく73歳を迎える。一昨年の腎臓癌の手術に続き、昨年暮れから正月にかけて重度の肺炎で約1カ月の入院生活を送った。人間いつ、何がおこるかは予測できない。生きている間は、髪型ぐらい自由に何でもやってやろうと言う気持ちになった。これからも気分によってヘアカラーは変えていくつもりだ。まるでカメレオンのようにね。
今回もお世話になったヘアデザイナーの眞月美雨さん。彼女は写真家としても活躍している。経済産業省認可法人、文化庁登録著作権等管理事業者である協同組合日本写真家ユニオンの正式メンバーでもある。写真研究塾「風」同人。
いまから13年前の2013年5月に、偶然に入った鹿児島市内のヘアサロンで髪をカットしてもらったのが美雨さんだった。以来ずーとヘアカットは彼女に任せている。
サングラスをかけて記念写真を美雨さんに撮ってもらった。この髪型や髪の色にすることなど僕の人生の中で想像したことは無かった。そう言う意味では、少しオオバ―だが僕にとっては新しい地平をめざす旅路への出発である記念日的な日であった。
ところでどうですか? 恥ずかしくないですか? 似合っていますか? 合掌